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会津地方09(只見町):六十里越街道(ハマナカアイヅ)

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年6月19日更新

 トンネルを抜けると、そこは県境でした。
六十里越トンネルの新潟県境標識 六十里越トンネルの福島県境標識

 ここは一年のうち、半年もの間は通行止めとなっている国道252号線・六十里越(通称「六十里越 雪割り街道」)の区間です。
 長い冬を経って、5月1日にようやく区間再開通を果たした「六十里越」に行ってみました。

 そこで、「六十里越」の由来についてご紹介しましょう。
 「越後野志」という歴史資料によると、昔、高田城下(新潟県上越市)から会津に抜ける最短距離の道路に、この六十里越を利用したそうです。
 下図で示した通り、峠を超えるためには、曲がりくねった道に沿って走行しなければなりません。従って当時では、田子倉から大白川までの峠道を、「人跡絶たる大行路難の地故、一里の工程を十里に比べ、当六里の道を六十里と称す」と文献に残されました。
六十里越道路通行止概要

 そのためか、至るところはスノーシェッドやロックシェッドに覆われており、道の険しさを物語ってくれています。
 その反面、通常ではなかなか味わえない景色この六十里越では満喫できると思います。
連続スノーシェッド どこまでも続く、雄大な自然

 前回の記事でもちょいと触れたが、私は鉄道が好きで、特にJR只見線と並行するこの国道252号線六十里越にある「JR只見線田子倉駅」を以前から一度訪れてみたかったです。
 田子倉駅は、田子倉湖畔北端に張り付くように存在していました。昭和35年の田子倉ダム完成と同時に、かつての田子倉集落は水没し姿を消しているが、「田子倉」の名称は、ダムと共に、人家の全くない無人駅として継承されました。
 浅草岳登山口として、また新緑・紅葉の観光拠点としての性格が強く、特に並行する国道252号線六十里越が、12月から4月いっぱいは冬季通行止めとなるため、その間唯一の交通手段となり、春先の田子倉湖での釣り客にも重宝された。
 平成13年から、12月~3月が冬季閉鎖となり、雪の田子倉は訪問が困難になりました。そして只見町の反対を押し切って、本日平成25年3月16日のダイヤ改正をもって、静かにその歴史に幕がおろされました。

 その姿は、これです。↓
駅名の表示は、ペンキで塗りつぶされた さらば、田子倉駅

 ちなみに、このたびのタイヤ改正で、田子倉駅より2つ先で、新潟側にある「柿の木駅」は臨時駅となりました。
六十里越の一歩手先にある「柿ノ木駅」 頑張って、柿ノ木駅

 福島県の臨時駅の代表格といえば、やはりJR磐越西線の「猪苗代湖畔駅」でしょう。こちらの駅は2007年以降、営業を行っていません。
 「臨時駅」とは、一体何を意味しているのでしょうか。正直、考えることさえ、虚しく感じています。
 私の率直な感想を言わせてもらうと、駅の廃止は、地域の歴史を抹消に該当しています。一種の「風化」です。
 「風化問題」で苦しむ福島県だからこそ、これ以上大切なものを失わないでほしいです。

 帰りの道で、田子倉ダムのレストハウスで湖を眺めながら、日本のワールドカップの初戦の実況をレストハウスから流れたラジオで聞きました。
 只見町のユネスコエコパーク登録後初の週末ということもあり、普段閑散としたレストハウスはライダーたちやレジャーで来ているファミリーで賑わっていました。
 よく見ると、新潟県ナンバーの車やバイクは実に多いです。六十里越を経って、ふくしまに来て頂いてほんとにありがとうございました。
田子倉ブルーを眺めながら、サムライブルーの健闘を祈る 地域興しの起爆剤として期待されるエコパークの登録

 ユネスコエコパークの登録を起爆剤に、町の活性化や、JR只見線の不通区間の早期復旧を実現につながるといいですね。

 六十里越のトンネルを抜けると、そこには「うつくしまふくしま」がみなさんをお待ちしています。

 

(投稿者:徐)

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