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県内の姉妹友好都市

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年1月7日更新

本県では、昭和57年にいわき市と中国の撫順市が石炭を縁にして姉妹都市の調印をしたのを皮切りに、現在までに23市町村が31組の姉妹都市交流を結んでいる。

 

市町村名提携 相手国提携 相手先提携 年月日提携の契機など

会 津 若 松 市

中国湖北省荊州市91.6.15 (H3) 荊州市は、先の大戦で本市にその本拠地があった旧陸軍歩兵第65連隊の通称白虎隊が駐屯した地であり、昭和47年9月、日中間の国交が正常化されると、本市の関係者が荊州市を訪問するようになった。  また、民間交流団体である会津若松市・荊沙市友好交流促進協議会が、昭和60年頃から交流を行い、相互訪問や研修生と留学生の交換事業を行ってきた。  平成元年9月には沙市市長(当時)が本市を訪問し、友好都市締結の申し入れを行い、平成2年6月には市議会において「友好姉妹都市締結」に係る決議が行われた。このような民間交流の深まりと市議会の議決を受け、平成3年6月15日友好都市締結し、各分野で活発な交流が行われている。なお、締結時は沙市市。平成6年10月に荊州区と合併し荊沙市、さらに平成8年12月に荊沙市の一部が分割され、荊州市になる。
米国ミズーリ州リーサミット市02月11日.21 (H14) 平成12年8月に旧河東町が相手国訪問事業として、Eメール交流の依頼を行なったところ、リーサミット市の各小中学校とのEメール交流が実現。平成14年10月に学校教育国際化ホームステイ事業として、リーサミット市の各中学校・高校での授業参加型交流が実現した。これらを契機として、相互交流を確かなものとするため、相互に親書を交わし、姉妹都市提携を行った。
郡 山 市 オランダヘルダーランド州ブルメン市88.6.25 (S63) 郡山市とブルメン市の縁は、猪苗代湖の水を本市に導く安積疏水開削事業に尽力したオランダ人技師ファン・ドールンの生誕地がブルメン市であることに由来する。1979年6月本市はオランダにファン・ドールンの墓碑を再建し、1987年6月にブルメン市長等を招待しファン・ドールン生誕150年記念事業を実施したが、このときブルメン市長より姉妹都市提携の意向が表明され、1988年6月25日姉妹都市の盟約を結ぶに至った。
い わ き 市 中国遼寧省撫順市82.4.15 (S57) 昭和52年、田畑金光いわき市長を団長とする市代表団の訪中を皮切りに、各界の代表が相次いで訪中し、また市内企業への研修生受け入れや中国要人の来市等により、日中友好の気運が盛り上がり、市民各層から中国の都市との友好提携を求める声が多数寄せられた。これを受けて、当市同様、石炭にゆかりの深い撫順市との交流を開始し、当市からの先遣団の派遣や各種訪問団の相互派遣によってそれぞれ相手方への理解を深め、昭和57年4月15日、撫順市長全樹仁氏をはじめとする代表団をいわき市に迎えて友好都市締結調印式を挙行した。
オーストラリアクイーンズランド州タウンズビル市91.8.21 (H3) 1982年に中国撫順市と友好都市の提携をして以来、活発に同市との交流を展開しているところであるが、当市の国際化の進展につれて英語圏の都市とも交流したいという市民の声が高まりをみせた。これを受けて、英語圏であること、人口が10万人台であること、港湾都市であることを条件に世界の120都市を調査した結果、この3条件をすべて満たす都市として、オーストラリア、タウンズビル市が最終候補に残った。そこで、平成2年度に国際姉妹都市調査団及び先遣団の派遣を行なうとともに、タウンズビル市からも同市市長を団長とする訪日団を受け入れる等の交流を積み重ね、平成3年度に両市での国際姉妹都市相互調印を行なった。
白 河 市 フランスオワーズ県コンピエーニュ市88.10.20 (S63) 同市との姉妹都市締結は、パリに本社を置きコンピエーニュ市に主力工場のあるルセル・ユクラフ社の現地法人、日本ルセル株式会社が当地の工業団地に進出したことを機縁に、同社の提案と両市民の賛同のもと1988年10月20日、フランス・コンピエーニュ市において盟約を取り交わした。
米国ミネソタ州アノーカ市02月10日.13 (H14) アノーカは文化、自然、教育環境の面で優れた町であるため、98年から旧大信村の中学生のホームステイを派遣してきたが、交流の相互化を図るため姉妹都市提携することとした。
須 賀 川 市 中国河南省洛陽市93.8.1 (H5) 須賀川市は、昭和54年に須賀川市日中友好協会が結成されたのを機に、中国最大級の規模を誇る牡丹園(名称:王城公園)のある洛陽市と、牡丹を架け橋に市民各界各層にわたり交流を深めてきたことから、日中国交正常化20周年及び福島空港開港等を記念して、1993年8月1日、日中友好の翼市民及び中学生訪中団が、洛陽市を訪問し、両市の市長が友好都市締結議定書に調印した。なお、この締結に基づき、1995年からは洛陽市の派遣技術研修生の受け入れ事業を展開している。
喜 多 方 市 米国オレゴン州 ウィルソンビル市88.10.17 (S63) 1986年10月1日、喜多方市商工会議所とウィルソンビル商業会議所との県内初の姉妹会議所提携の調印が行なわれ、ウィルソンビル市長より喜多方市長宛に姉妹都市提携の要望についての親書が託された。それにより、市内の各界、団体の代表16名により、喜多方市国際姉妹都市に関する懇談会が設置され、最近の社会情勢は地方レベルの国際化の積重ねが重要であり、世界各国との人的交流を図りながら、相互理解を深め姉妹都市の提携を図り、友好親善を推進すべく提言がなされた。  1988年9月定例議会においての議決により、1988年10月17日ウィルソンビル・喜多方両市長との間で、国際姉妹都市提携の調印を行ない、永遠の友情を誓い合った。

二 本 松 市

中国湖北省京山県94.10.16 (H6) 当市の国史跡「旧日本松藩戒石銘碑」(藩主が、藩政改革と網紀粛正の指針として藩士の戒めとするため、瀋庁入口の自然石に4句16字を刻ませたもの)の起源が中国にあるとされ、かつてこの碑が中国湖北省京山県に実在したことが判明したことにより、湖北省京山県に対し、この碑の史実に基づく再建を要請したところ、平成元年、京山県人民政府前に再建された。また、平成元年、当市の戒石銘刻銘240年にあたり、当市においても、碑周辺の修景整備事業を実施した。  その後、当市庁舎の落成を記念して、京山県に再建されたものと同じ戒石銘の石碑が贈呈されたり、当市が日本梨の苗木を寄贈するなど文化交流や農業技術交流を続けており、1994年10月16日友好提携関係を締結した。
米国ニューハンプシャー州ハノーバー町99.7.30 (H11) 本市が生んだ世界的歴史学者朝河貫一博士が学び教鞭をとったダートマス大学があるハノーバー町は平成5年からの「市民の翼」中学・高校生海外派遣事業等により交流を深めてきた。市制施行40周年を記念し市長を団長とする公式訪問団を派遣し、将来の友好都市提携を視野に入れた交流を促進するため「交流促進に関する覚書」を交わし、40周年の記念式典に町が大学関係者を招待した。これにより友好都市提携の機運が一気に盛り上がり、平成11年7月にハノーバー町において友好都市締結の調印式を開催した。
田 村 市 米国オハイオ州 マンスフィールド07月5日.15 (H19) 十数年来、町内の私立わかくさ学園園長牧公介氏と前マンスフィールド市国際交流協会長ネザリー氏との長年の交際から、子供たちの海外学習が行なわれてきた。 これを契機として町も一般町民を海外研修団として派遣し、マンスフィールド市からも訪問団が派遣され、お互いの交流を深めてきた。  1999年6月友好宣言と予備協定。 2000年10月21日調印。 その後、2005年3月1日に旧滝根町、大越町、常葉町、船引町、都路村の4町1村が合併し田村市が発足した。これに伴い本市は旧船引町がマンスフィールド市との間で締結していた姉妹都市提携を継承することとなり、新市名による再提携文書を、本市において取り交わすこととなった。
南 相 馬 市 米国オレゴン州 ペンドルトン市9810月25日 (H10) *旧原町市 06月7日.21 (H18) * 南相馬市  民間企業の経済交流(木材の輸入)から端を発し、1991年7月に相馬野馬追を見学した一行が両市の「馬」に関わるイベント「ラウンドアップ(ロデオ)と相馬野馬追」を通した文化交流を希望し、1994年9月に両市の商工会議所間で姉妹クラブが提携され、経済団体をはじめとする市民交流へ発展した。  これら民間交流の進展もあり、1996年11月には姉妹都市を提携するための予備合意書を取り交わし、1998年10月に正式に本調印を行なった。
桑 折 町 米国ケンタッキー州エリザベスタウン市92.5.15 (H4) 現地法人AMブレーキ(株)より曙ブレーキ工業(株)にエリザベスタウン市で姉妹都市提携の話があり、当町に打診され、相互が合意した。1992年4月28日臨時議会で議決され、同年5月15日、町長はじめ商・工・農の代表者がエリザベスタウン市を訪問して、姉妹都市提携協定書にエリザベスタウン市長と桑折町長とが調印し、姉妹都市交流が始まった。

北 塩 原 村

ニュージーランドタウポ市ツランギ・トンガリロ地区97.11.7 (H9) 村第二次総合振興計画の中で、あたたかい「人」を育てるための交流活動の一つとして国際交流の推進を掲げた。これにより、平成6年から当村と環境(気候、地理等)のよく似ているニュージーランド・タウポ市ツランギ地区と交流を始める。 平成8年2月 各団体長14名で組織する国際親善訪問団を派遣 平成8年6月 ツランギ視察団来村 平成9年3月 小学生の国際交流(小学5年生23名派遣) 平成9年4月 タウポ市タウハラ高校生村内でホームステイ 平成9年8月 テ・コハイマオリ民族舞踊団来村 平成9年11月 姉妹友好都市提携調印式
磐 梯 町 カナダブリティッシュコロンビア州オリバー市

88.4.23 (S63)

<昭和61年(1986) 7月28日~30日> 日本経団連の招きをうけて、来日中のカナダ・ブリティッシュコロンビア州(BC州)サマーランド市教育長ラリー・トーマス氏と同市高校教師モーリン・ピコーニ女史が来町。 <昭和62年(1987) 1月9日~11日> 国際親善磐梯ウィンターカーニバルを磐梯町・猪苗代町共催で、猪苗代リゾートスキー場で開催。カナダ本国よりBC州サマーランド市教育長ラリー・トーマス氏、バーノン・ウィンターカーニバル・クイーンのタミ・ローズマンさん外4名と在日カナダ大使館よりレドリュー駐在武官夫妻、バーチェル観光局参事官夫人及び在日カナダ大使館職員子弟8名が参加。この期間中、町単独事業として、在日カナダ大使館職員子弟8名を招いて、7戸の協力を得て初のホームステイを実施。 <昭和62年(1987) 2月4日~11日> 磐梯町からBC州オカナガン地方のサマーランド市、バーノン市とオリバー市へ穴沢武正町教育長、足利功企画室長とミス磐梯ウィンターカーニバル阿部由希の3名を、カナダ親善訪問使節団として派遣。 <昭和62年(1987) 4月1日> 磐梯第一小が県教育委員会指定の国際交流推進研究校となり、昭和62~63年度の継続事業として取り組み、実践活動に入った。 <昭和62年(1987) 8月17日~22日> 磐梯町からBC州オカナガン地方のサマーランド市、バーノン市とオリバー市へ鈴木政英町長、川井猪次郎議会議長、伊関彰雄同副議長、小野潤企画係長の4名を第2次カナダ親善訪問使節団として派遣。オリバー市においては、姉妹都市締結についての意見交換を行う。 <昭和62年(1987) 10月18日~21日> 松野下浅義夫妻来町。 <昭和62年(1987) 10月25日~26日> カナダ大使館職員ケイス・プローマン、マッケンゼン・クロストンの2名来町。 <昭和63年(1988) 2月19日~21日> 磐梯町へ在日カナダ大使館職員子弟9名を招いて、8戸の協力を得ながら第2回ホームステイを行う。カナダ大使館商務参事官バーチェル夫妻も同行し、日カ・チルドレン交歓会を盛り上げる。 <昭和63年(1988) 4月21日~28日> 姉妹都市締結のため、ハート・バッケンダールオリバー市長外9名が、日・カ親善使節団として来町。4月23日、磐梯町・カナダ国オリバー市と国際親善・姉妹都市締結の調印式を行う。

西 郷 村

中国天津市薊県95.4.26 (H7) 薊県との間では数年前から西・薊日中友好協会(山縣重信会長)を中心に民間レベルで交流を深めていたが、平成4年に天津市人民政府代表団が西郷村を表敬訪問し、行政レベルでの交流も始まった。平成6年11月、村長らが薊県を訪問し友好都市提携の事前協議を行い、平成7年4月に宋悦明薊県長ら6名が来村して国際友好都市提携調印に至った。
泉 崎 村 オーストラリアニューサウスウェールズ州テモラ町89.7.22 (H元) 昭和60年より外国人教師による英語の指導助手を招致し村内に英語の普及を図っていたが、88年8月14日より豪州クインズランド州ケアンズ市で開催される国際姉妹都市会議及びワールドフォーラム並びに同月19日より開催される第2回日豪姉妹都市シンポジウムに職員(総務課長・田崎文能、企画開発課長・中野目伝)2名を参加させ、リンダ・トンプソン氏(泉崎村で1年間英語指導助手として活躍)の紹介で同年8月24日~27日までニュー・サウス・ウェールズ州テモラ町を3人で訪問。姉妹都市の打診にテモラ町より歓迎を受けた。 その後、小中学生の作品等の交換等を通して友好を深め89年5月テモラ町ピーター・スピィーズ氏の来村の意向を受け、同年7月22日泉崎村役場会議室に於いてテモラ町ピーター・スピィーズ氏町長夫妻と泉崎村長海上博之夫妻が出席し、泉崎村議会議員全員の立会にて泉崎村とテモラ町との間で姉妹都市提携に関する盟約を取り交わし、両町村の永遠の発展と協力を誓い合った。
中国北京市房山区竇店鎮竇店村96.10.29 (H8) 1993年6月新華社東京事務所長龍占泉氏が「日本一の村づくり」を目指している村長として海上村長を取材訪問のために来村。  1994年9月「中国一の村づくり」を目指している北京市竇店村長振亮氏より「泉崎村の近代化について」という講演依頼があり、泉崎村長が竇店村の招待で竇店村を訪問する。 1995年3月泉崎村民(32名)竇店村訪問。竇店村長より「相互発展のため友好関係を締結し、ますます交流を深めたい」旨の要望があり、泉崎村長も同意の意向を示した。 1996年10月9月より事務レベルで協議にはいり、9月末に双方の了解が得られたので、10月29日に竇店村役場において友好関係締結の調印を行なった。

棚 倉 町

ギリシャラコニア県スパルタ市86.9.23 (S61) 当町のギリシャ風建築物が立ち並ぶリゾートスポーツプラザ「ルネサンス棚倉」の建設に際し、そのイメージシンボルとしたのが国際友好都市がギリシャのスパルタ市である。 (1)スパルタ市は棚倉町と同様北緯37度に位置する。 (2)スパルタ市はスパルタ教育で世界的に有名である。 (3)ギリシャはスポーツの祭典「オリンピック」発祥の地である等で、スパルタ市を提携相手として希望した。  1985年8月棚倉町スポ・レク基地建設専門委員会に於いて、スパルタ市との国際友好都市提携が発議され、ギリシャ大使館、ギリシャ政府観光局の尽力の結果、発議より1年後、1986年9月23日国際友好都市提携にこぎつけることが出来た。
オーストラリアニューサウスウェールズ州レイクマコーリー市94.5.12 (H6) 1987年にレイクマコーリー市出身の国際交流員が棚倉町に派遣されて以来、子供たちを中心にホームステイによる相互交流が始まり、1989~90年にかけ、国際理解教育の一環として棚倉町立小中学校全校及び、県立高校1校がレイクマコーリー市内の小中高校と姉妹校の盟約を結んだことから、未来を担う青少年の国際理解交流をさらに推進するため、友好都市の提携に至った。なお、調印式は、1994年5月12日に棚倉町において挙行された。
矢 祭 町 オーストラリアニューサウスウェールズ州ロックデイル市00.05.15 (H12) 1997年度(財)自治体国際化協会による豪州地方幹部職員招聘事業により、ロックデイル市首席行政官ステファン・ブラッカダー氏が来町したことを機に、翌98年度は矢祭町中学生海外研修事業をロックデイル市で実施。同時に町職員研修も実施するようになり、その交流実績からロックデイル市より、99年12月、正式に矢祭町との姉妹都市提携の提案を受け、より町の国際化を推進すべく、姉妹都市提携を決定した。
玉 川 村 台湾南投県鹿谷郷88.5.3 (S63) 玉川村は、福島空港を核とした自然的条件、社会的条件を生かし、個性的で活力のある村づくりを進めているが、そのためには「人づくり」が最重要と考え、広い視野と国際的な間隔をもったひとづくりを行うことが産業の振興と活力ある村づくりに結びつくものと考え、海外との交流先について種々検討した結果、日本と最も近く、伝統、文化の源を同じくする台湾に決定した。  台湾との交流をするにあたっては、村長の知人を介し、鹿谷郷と友好都市提携を行った。
古 殿 町 ニュージーランドロドニー地方ワークワース地区99.10.20 (H11) 1993年11月、古殿町海外派遣事業で初めてワークワースを訪問し、ホームステイ等を通し交流が始まる。以後、相互訪問が継続されて両町間の友好が深まり、双方に姉妹都市提携の意向もあったことから1999年3月の古殿町議会において姉妹都市締結を議決し、同年の10月20日に代表団がNZを訪問して締結した。

三 春 町

米国ウィスコンシン州ライスレイク市87.8.21 (S62) 1986年、三春町教育委員会がアメリカ合衆国ウィスコンシン州ライスレイク市より英語教育助手を招聘したことをきっかけに、両市の教育交流が始まる。のち、民間団体とも話し合いを重ね、1987年1月、国際交流を通して、教育、文化等の交流を行い、海外諸国との親睦、相互理解、相互協力を促進するとともに、三春町の国際化を図り、三春のまちづくりの推進に寄与することを目的に、三春町国際交流協会を設立。同年8月、ライスレイク市との姉妹都市締結が実現する。
楢 葉 町 中国黒龍江省五常市92.2.13 (H4) 楢葉町日中友好協会事務局長である須田氏が、終戦間際の中国でお世話になった恩人との再開がきっかけとなり、中国の政府高官から水稲栽培の盛んな五常市との交流について提案があり、相互訪問を重ね、1992年2月に友好関係の調印を行い、1993年7月第1次技術研修生として五常市より8名の研修生を受け入れ、研修を行っている。
米国オハイオ州ユークリッド市93.5.30 (H5) 町内の工業団地内に外資系企業が立地したことから外資系企業の本社のあるユークリッド市を訪ね、市の教育委員長等を招聘し、中学校に英語指導教師を招いたり、中学生をユークリッド市に派遣したり交流を重ねた結果、1993年5月姉妹都市提携に調印した。
富 岡 町 ニュージーランドオークランド市マウンガキエキエ自治区83.12.6 (S58) 昭和52年11月、但野前町議会議長が全国町村議会議長会のオーストラリア・ニュージーランド行政調査団の団長としてワン・トリー・ヒル市を公式訪問、友好を深めた。  翌53年同市のデッキー市長夫妻が来日し全国町村議会議長会を訪問。但野前議長と再会し、親交を深める。 昭和57年、3名の町議会議員が同年に実施された前記の調査団のメンバーとして同市を訪問、デッキー市長や市議会議員と交流を深める。昭和58年3月に全国町村議会議長会の大島事務総長からワン・トリー・ヒル市の要請に基づき、姉妹都市の相手都市として同市が紹介される。 これを受け、遠藤前町長が町議会に諮り、同市との姉妹都市提携の議決を得て、同年4月にワン・トリー・ヒル市を訪問、早い機会に姉妹都市提携をするよう双方が努力することで合意に達し、その覚書を取り交わす。58年12月同市の招きで、関本町長を団長とする親善訪問団を結成し、渡新、姉妹都市提携の盟約を調印した。
中国浙江省海塩県95.6.20 (H7) アジア諸国の国民と富岡町民との国際親善交流ができるきっかけづくりに寄与する目的で、平成4年10月に富岡町と類似性の高い中華人民共和国浙江省海塩県人民政府への行政視察を実施。交流会談の結果、双方の相互訪問を重ね、将来に向けて交流を続けて行くことで合意に至り、平成7年3月に議会に諮り、同県との友好交流関係締結の議決を得て、6月に締結のための訪中団を派遣し調印式を実施した。

大 熊 町

オーストラリアニューサウスウェールズ州バサースト市91.3.25 (H3) 1990年3月、平成元年度ふるさと創生事業として、国際化と人材育成を目的とした海外派遣事業「大熊町21世紀の翼」で町民250名をバサースト市へ派遣し、ホームステイや文化交流を実施。翌1991年3月25日、2回目の訪問時にはバサースト市において姉妹都市提携を調印。以来、大熊町からは中学生と高校生を主体とした親善訪問団を毎年派遣し、バサースト市からは大熊町の中学校へ英語指導助手や親善団を派遣されている。2001年には姉妹都市が10年目となったことから、2月にバサースト市で、5月には大熊町で姉妹都市締結10周年を祝賀した。
浪 江 町 中国江蘇省興化市96.4.17 (H8) 浪江町では近年の国際社会に対応すべく海外の都市との交流を考え、日本思想の源流である中国の都市を検討した。当時、浪江町出身で中国公使であった荒義尚氏(浪江町名誉町民)に紹介を依頼したところ興化市を推薦いただいた(1993年6月)。これを受けて交流を開始、1994年2月に視察団を派遣。同年10月には親善訪問団を派遣し、交流活動の内容について協議した。その後数々の活動を経て、わずか3年という短い期間で友好都市を提携した。