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安積疎水関連遺産:郡山水と緑の案内人の会

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年12月1日更新

和風とも洋風ともつかない独特の「擬洋風(ぎようふう)建築」が目を引く開成館
和風とも洋風ともつかない独特の「擬洋風(ぎようふう)建築」が目を引く開成館。館内には安積疏水や開拓関連の資料を展示。
明治9年の明治天皇の東北行幸の際にはここが行在所(あんざいしょ)となり、3階には当時の様子が復元展示されている

安積疏水関連遺産 〈郡山市〉

不毛の原野を緑の大地に変えた先人の知恵と労に思いを馳せて

 郡山市の中心部にあり、市民の憩いの場である開成山公園。「開拓者の群像」の前で、「郡山水と緑の案内人の会」の小西敦雄さん、柴田昇さん、岡部眞周さんが待っていてくれた。「江戸時代までは、この辺りは何もない原野でした。家畜の飼料を採るくらいしかできない、まったくの不毛の地だったといわれています」と小西さん。「郡山は扇状地で、大きな川は阿武隈川しかない。開成山の辺りは土地が高く、水を引いてくることができなかったんですね。その原野を現在のような緑豊かな土地に変えたのが安積疏水、そして安積開拓なんです」

 郡山の約20km西方にある猪苗代湖から水を引く安積疏水の開さくおよび安積原野の開拓は、明治政府の威信をかけて行われた国家事業だった。その中心となったのが、ここ開成の地だ。開成山公園内および周辺には、当時を偲ばせる施設や記念碑などが数多く残る。その一つ、公園西側の高台に佇む「開成館」へと向かう。鎧戸や手すりの緑と白壁のコントラストが印象的な3階建ての館は、明治7年に区会所(郡役所の前身)として建てられ、後に開拓事務所としても使われた。「この建物は、洋風に似せて造られた擬洋風建築。実際に西洋建築を見たことがなく、設計図もなかったので、地元の大工が想像で建てたそうです」(小西さん)。「開墾の中心を担ったのは、全国から入植した9つの旧藩の士族。会津藩士も入植したんですが、賊軍だからと山際の痩せた狭い土地を与えられてずいぶん苦労したといいます」(柴田さん)。さまざまなエピソードを交えて解説してくれるので、100年以上も昔のことが身近に感じられ、見学がいっそう興味深いものになる。

 安積疏水の開さくは明治12年に始まり、3年後の明治15年に完成した。開成山から歩いて20分ほどの麓山(はやま)公園には、通水を記念して地元の有力者が造った「麓山の飛瀑」がある。「郡山は全国有数の米どころですが、それは安積疏水のおかげなんです」と、郡山市大槻町で生まれ育った岡部さんが感慨深げに話す。生家の近くに安積疏水の第5分水路が通っていて、子どもの頃はよく水遊びをした。当時は単なる川としか認識していなかったが、後に開拓の歴史を学び、改めて先人の偉大さを思ったという。「安積疏水は歴史上の遺物ではなく、今もちゃんと生きている。郡山に住んでいる我々は、みんなその恩恵を受けているんですよ」。そう小西さんが続けた。豊かな実りを夢見て、不毛の原野を切り拓いてきた開拓者達。猪苗代湖からもたらされた清らかな水は、彼らにどれだけ勇気と希望を与えたことだろう。勢いよく流れ落ちる滝を眺めながら通水当時に思いを馳せ、その後の郡山の発展を考えると、胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。

 再び開成山公園に戻ると、最後に小西さんがこんな話を教えてくれた。地元の豪商らによって結成された「開成社」が明治11年、灌漑用水池の周りに4,000本近くの桜を植えた。植樹は社則に基づいて行われたという。「木を切り、水を引き、土地を耕す。開拓は緑を失うことでもある。だからこそ自らの手で桜の木を植えたと伝えられています」。その想いは開拓後も市民に受け継がれ、今や県内有数の桜の名所を作り上げたのだ。水と緑にあふれた美しい公園、そして郡山の街並みが、ほんの3時間前よりもずっと輝いて見えた。

郡山水と緑の案内人の会
「郡山水と緑の案内人の会」の右から柴田昇さん、小西敦雄さん、岡部眞周さん。中條政恒、大久保利通、ファン・ドールンらをモデルに、郡山市名誉市民の三坂耿一郎氏が制作した開成山公園内の「開拓者の群像」の前で。グリーンのベストは案内人のトレードマーク

安積歴史博物館
県立安積高校の敷地内にある「安積歴史博物館」。安積高校の前身である福島県尋常中学校がこの開拓の地に移転したのは明治22年。鹿鳴館風の旧本館は明治期の代表的な洋風建築で、昭和52年、国の重要文化財に指定されている

麓山公園内にある人工の滝「麓山の飛瀑」。
麓山公園内にある人工の滝「麓山の飛瀑」。明治15年、安積疏水の通水を記念して造られたが、時の経過とともに地中に埋没。平成3年に復元され、平成14年に国の登録有形文化財となった

明治15年の完成当時の「麓山の飛瀑」。
明治15年の完成当時の「麓山の飛瀑」。案内人の皆さんによると、安積疏水通水記念という一般的な説のほか、さらに先まで水を流すために落差をつけたという説もあるそう。また、ここで発電を行う計画もあったとか(写真提供:安積疏水土地改良区)

遺産の辿った歴史

 明治初期の郡山は、奥州街道の一宿場町にすぎなかった。人口はわずか5,000人ほど。現在の市中心部の辺りは水利が悪く、荒涼たる原野が広がっていた。猪苗代湖からこの地に水を引く案は藩政時代からあり、岩代町(現・二本松市)出身の儒学者・渡辺閑哉(儀右衛門)は実地踏査まで行った。また明治に入ってからも、須賀川出身の小林久敬が県に建言をしている。

 安積原野の開拓が始まったのは明治6年。福島県令(知事)の安場保和と、元米沢藩士で県典事(課長)の中條政恒が主導し、旧二本松藩の士族を大槻原(現在の開成山周辺)に入植させた。さらに中條から説得された地元の豪商、阿部茂兵衛ら25人が明治6年に「開成社」を結成。開成山一帯を開拓し、数年で100ヘクタール余りを開墾した。なお「開成」という地名は、中條の座右の書『易経』の中の言葉「開物成務」が由来。「人知を開発し、事業を成し遂げさせる」(広辞苑)という意味で、開拓にかける強い思いが込められている。

 明治9年、天皇の東北行幸の先発隊として、時の内務卿・大久保利通がこの地を訪れた。殖産興業に熱心だった大久保は、中條政恒から安積疏水の話を聞き、また開墾の様子を見ておおいに関心を抱く。明治政府はオランダ人技術者ファン・ドールンを派遣して実地調査を行わせ、明治12年10月、日本初の国営による農業水利事業として安積疏水の開さくが始まった。延べ85万人が従事し、総経費40万7,000円、現在の金額にして約400億円を投じたプロジェクトは3年後の明治15年に完成。幹線水路の延長52km、分水路78km、トンネル37ヵ所、受益面積約3,000ヘクタールを誇り、不毛の原野は一大穀倉地帯へと変貌を遂げることになる。

 一方、安積疏水の開さくと並行して、国営による開拓事業も推進された。廃藩置県によって職を失った士族の不満を抑えるべく、明治政府は士族授産を図り、明治11年の久留米藩を皮切りに、鳥取、岡山、松山、土佐、米沢、二本松、会津、棚倉の全国9藩の旧士族2,000人余りが入植。その多くが後に小作農に転落したものの、安積開拓の大きな原動力となった。

 明治32年には、安積疏水の水を利用した沼上発電所が運転を開始。日本初の長距離送電によって郡山では製糸業が発展し、その後の経済都市の礎を築いた。

 現在の郡山市の人口は約34万人。安積疏水は今も郡山をはじめとする3市1町1村の水田を潤し続け、さらに発電用水、水道用水、工業用水としても利用され、地域住民に多くの恩恵と利益をもたらしている。

開成社の創立者・阿部茂兵衛の銅像
開成山大神宮の境内に建つ開成社の創立者・阿部茂兵衛の銅像。「富豪なりと言えど村のため国のために尽くすところなくんば、守銭奴の侮辱まぬがれるべからず」という中條政恒の言葉に心を動かし、他の24人を説得して資金を集め、開成社を設立したという

明治9年に撮影された開成館の写真。
明治9年に撮影された開成館の写真。周辺にはまだ建物も少なく、荒涼とした土地が広がっている。当時は遠くからでも、小高い丘にそびえる白亜の館が望めたという(写真提供:開成館)

開成2丁目の交差点から現在の開成館を望む
開成2丁目の交差点から現在の開成館を望む。建物に遮られて、開成館は屋根しか見えない。手前を横切る国道49号は、もともと幅8間の開拓道路として造られたものだ

郡山水と緑の案内人の会

 平成14年に発足した「NPO法人福島県緑の協力隊」が母体。平成18年に案内人養成講座を開催し、翌19年4月からボランティアガイド活動を開始。平成20年度から「郡山水と緑の案内人の会」として分離独立した。郡山駅西側の文化財や建造物をめぐるAコースと、開成山公園周辺の安積開拓の歴史をたどるBコースの2つを設定。希望者に対してガイドを行っているほか、他の関係機関と共同で案内活動も実施。物産展などのイベントにも積極的に参加している。

「郡山の歴史と自然にふれあう集い」
10月1日の安積疏水通水記念日に合わせて毎年開催される「郡山の歴史と自然にふれあう集い」の様子。「郡山水と緑の案内人の会」の皆さんが、開成山公園内に残る安積疏水および開拓関連の見どころをガイドしてくれる。所要時間は1時間程度

会長 小西敦雄さん
会長 小西敦雄さん

 昭和12年生まれ。20年近く住んでいる郡山のことをもっと勉強したいと、平成18年に案内人養成講座に参加。現在は「郡山水と緑の案内人の会」の会長を務める。
 「Aコース、Bコースとも所要時間は3時間程度。安積疏水通水記念日に合わせ、毎年10月1日?3日には開成山公園内の案内もしていますが、こちらは1時間程度です。今後は猪苗代湖から郡山までの安積疏水をたどるコースも作っていければと考えています。緑の中を楽しく散策しながら、先人の偉業に対する感謝の気持ちを改めて思い出してみませんか」

Data
遺産の場所郡山市開成(開成山公園)ほか
アクセスJR東北本線「郡山駅」より福島交通バスで15分「郡山市役所」下車すぐ、東北自動車道「郡山IC」より車で15分(開成山公園)ほか
問い合わせ先「郡山水と緑の案内人の会」事務所
電話 024-944-9110(午前中のみ) Fax 024-944-9110
案内開催日時/随時(郡山駅西側の文化財や建造物をめぐるAコースと、開成山公園周辺の安積開拓の歴史をたどるBコースあり)
定員/特になし
料金/無料。ただし、案内人1人につき交通費1,000円が必要
予約/1週間前までにFaxで申し込みを
見学「開成館」
郡山市開成3-3-7 電話/024-923-2157 
開館時間/10時00分?17時00分(入館は16時30分まで) 
休館/毎週月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)、12月28日?1月4日 
入館料/大人210円、大学生・高校生130円、中学生以下・65歳以上・身体障がい者手帳等の交付を受けている方は無料

「安積歴史博物館」
郡山市開成5-25-63 電話/024-938-0778 
開館時間/10時00分?17時00分 
休館/毎週月曜日(祝日・振替休日の場合は開館、翌日休館)、12月29日?1月3日 ※12月?翌年2月は土日のみ開館。平日(火曜?金曜日)は前日までの電話で開館 
入館料/大人300円、高校生・大学生200円、小学生・中学生100円

※他の公園・施設については、郡山市観光協会(電話024-924-2621)にお問い合わせください。

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