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13:キャサリン・ソリス さん(イギリス)

 「福島に来ることが怖くなかったの?」と地元の方たちに数回言われました。本当は、怖いと思いました。赴任地が、東側沿岸部ではなく、西のほうに近いことで、心が軽くなったことも、事実です。質問をされたとき少し後ろめたい気持ちがしました。それで、一時的でもここを自分の故郷にしようと決めました。私に質問をした人々は、そうは思ってはいませんでした。もっと東の方に赴任が決まっていたら、そう思わなかったと思います。地元の人々が海外での風評に注意を払っていることに驚きました。

 11月に、東側沿岸部に旅行をする機会がありました。週末に行われた駆け足のJETスタディツアーです。地域の理解を深めることは、正しいことだと思い参加しました。目的は、いわきで実施されている復興の状況を知ることでした。スケジュールが密で、見る物も多かった中、重要な点に気が付きました。

 まだ、支援が必要です。津波が襲ったとき、恐ろしい映像が世界中を駆け巡り、残った惨事は、忘れられていません。メディアは、変わりやすく、昨日のニュースは、もう古いニュースになります。漁民の町、久ノ浜が今でも廃墟の町であることに驚きました。海沿いに神社の方に歩いているとき、つぎはぎのような土台の中にタイルがあり、そこは、かつての浴室、台所だったことに気づきました。私たちが立っていた場所から作業が進められていました。パワーショベルが瓦礫を運んで、商店街までの道を作っているのを見ました。そこで、お話を伺いましたが、住居、生活そしてコミュニティの再建は、大変な仕事に見えました。

●コミュニティ・スピリットの重要性

 久ノ浜は、福島第一原子力発電所から32km南に位置しています。そのため、町は。地震や津波の一次被害に対処する必要がありませんでした。漁師が捕獲物を売ることが出来なくなったとき、閉める店が増えて、多くの住民が土地を去ることにしました。残った人は、ほとんどいませんでしたが、店を出す場所がありませんでした。それで集まって、小学校の校庭に数軒店を出しました。それが、後に、仮設商店街の浜風商店街になりました。理髪店、菓子店、食料品店、酒店がありました。町民は、地域のために寄付金を集めるようとバッジや飾り物等工芸品も制作しています。

●風評被害と地域消費者の信頼回復

 久ノ浜等コミュニティが再建に全力を尽くしている一方、原子力発電所がニュースのヘッドラインになりつづけているために、その努力に暗い影が投げられています。放射能汚染された食品に対する不安があることは分かりますが、消費者の信頼がなくなり、地元の農業が大きな打撃を受けています。漁業者が操業を停止し、農業者が土地を放棄しました。貴千蒲鉾工場では、アメリカ産の魚を原料にしていても、消費者が蒲鉾を買わなくなったことを伺いました。同じような話をトマトランドでも聞きました。そこでは、(土を使わず)トマトの水耕栽培をしており、温室で育てています。そのうえ、卸業者は、トマトの放射能汚染を個別にテストをして安全を保障していても、かなり価格を下げて販売するのです。

 それにもかかわらず、地元の方たちは、ピンチはチャンスだと言っています。その論理が実践されていることを見ました。貴千では、他社がしたように福島から遠ざかるのではなく、地域特有の高品質製品を開発しました。また、直販を選び、消費者の信頼を直接回復し、仲介のコストを削減することができました。それは、効をなしました。地元の消費者が正規の値段で購入してくれるようになりました。

 次に、オーガニック・コットン・ファーム・プロジェクトを訪れました。それは、放置農地を無駄にしないことが目的でした。このフロジェクトは、数年間、農業者から土地を借りて、非課税で土地に茶色の綿花を育てるものです。3,500名のボランティアの助けを得て、寄付金をいわきの復興に役立てています。

 しかし、それだけでは、人々に地元の産物が安全だと説得するには、不十分でした。郡山にある農業総合センターで、食品の安全を守るために、土のスクリーニング、テスト栽培、県産品の放射能検査等を実施しています。トマトランドは、毎月、サンプルをスクリーニングしてもらっています。

 福島は、あの地震と目に見えない放射能の恐怖の影響に苦しんでいます。復旧が進んでいても支援を必要としています。物質的な再建に加え、県産品の地域での信頼回復に力を注ぐことが必要です。いわきの人々のあって残っている印象は、皆さんの讃嘆すべき勇気と未来を見つめる素晴らしい決意です。

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