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【ろうどうコラム】昭和の男

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年10月25日更新

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H29.10.25 昭和の男

労働委員会 労働者委員 坂路 芳知     

 世の中の進歩の速さは、目を見張るものがあります。「携帯電話→スマホ」、「BS・地デジ→4K・8Kテレビ」、「AI、IOT」。理解する前に次のイノベーションが現れます。私が就職した昭和55年(1980年)頃は、固定電話、公衆電話、駅の伝言板、手紙、テレホンカード、Fax、ポケベル等で連絡を取り、今思えばそれでも、世の中が回っていた時代でした。彼女への電話はドキドキで、親父さんでも出るものなら心臓が止まりそうな思いでした。携帯も無ければ、メールもラインも無い。声を発して、文字を書いて、必ず行動をしました。嫌いな上司にも恐い先輩にも、声を出して話をして指示を受け、仕事の指導もして頂きました。振り返って現在を見てみると、他部署とのやり取りは言うに及ばず、話をしたくない嫌いな上司や背中合わせの同僚に対してもメールでやり取りしている人がいます。

 これは如何なものか。メールでのやり取りでは心が通わない、熱意・感謝の気持ち・お詫びの気持ちが伝わらないのではないでしょうか。嫌いな人・いやな人ほど、直接話をすることが肝心なのではないのでしょうか。

 7年前の大震災のときは、全国の皆さんに大変お世話になり、今でも忘れられません。県民としてお礼を申し上げます。

 メールやラインでは無く、行動を起こして被災地で活動して頂きました。大震災発生当時の6年前、ボランティアに参加した際の私のレポートを読み返すと、「新地町のボランティアセンターでは、毎日が感動的な出来事で溢れていた。初めて参加した私は、ボランティアセンターのスタッフとして活動を開始したが、その活動の中で以下のようなことを感じていた。毎日、毎日ボランティアに参加する人、お金ももらえないのに、どうして?事情のありそうな子供さんと親子で参加する人、体の不自由な人、はたまた沖縄、京都、大阪など全国から高速バスで来る人、ホテル代まで支払って。分からない?なぜ?ありがたいが理解できない。誰かに頼まれたわけでも、行政に要請されたわけでもないのに。私は連合からの派遣ボランティア。何かが違う。一般ボランティアの方々は、初めて会う人とグループになり、どろどろになりながら一所懸命に作業を行っている。何が、彼達を駆り立てるのか、分からない。作業を終えた一般ボランティアの方々が、表現は適切では無いかもしれないが、楽しそうで満足している様、キラキラしている。最後に、泣きながら感動して、有り難う。自衛隊、全国からのボランティアの皆さん、有り難う。」などと書かれていました。

 新地町で全国の皆さんから、血の通った行動を、心の通った慈愛に溢れた言葉を頂きました。私も同じことが出来る様、日々精進していきたいと思います。

 150年前、会津藩を始め奥羽越列藩同盟の諸藩は、『義』を貫き、純粋な想いで容保公に、江戸徳川家に対して『義』を信じて戦いました。しかし時代は、会津藩、奥羽越列藩同盟に傾く事はありませんでした。一途に、頑なに、信じて戦った会津藩、後の斗南藩の方々の苦労を思うと、筆舌に尽くしがたいです。

 戊辰150周年を契機に、歴史を見直す動きが顕著にあります。会津藩、斗南藩の方々が歩んできた道程を再認識し、日本人が忘れてきてしまった、日本人の背骨の様な会津魂を発信していきたい、推移を俯瞰し冷静に見守り是々非々でいきたいと思います。

 法律、労働法等、ルールを守るのは当たり前です。

 血の通った心の通った人間として、人として親身に相談事を聞ける労働委員になりたいと思います。労苦を惜しまず、行動を起こして、目を見て相談を聞きたいと思います。かなりハードルは高いですが。『福島の昭和の男です。』『成らぬものは、成りませぬ。』の気概を持って、私の残された人生に爽やかなスパイスの様な、緊張感のある『労働委員会』『労働委員』の時間である事を信じて、精進していきます。

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