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04:オチョア ジュニア・サルバドール ピー さん(アメリカ)

 相馬と南相馬のツアーで素晴らしい経験をし、たくさんのことを学びました。最初は福島市にある除染情報プラザに行き、福島の環境における放射能、そして放射能の人体への影響について学びました。私達の体は細胞レベルで放射能に耐える性質を持っていると知り、感心しました。

 その後は雪山を通り、景色を満喫しながら、相馬に向かいました。くねくねしている道路から見た雪に覆われた山はとても綺麗でした。しばらくしてから、海の前のレストランに着き、そこで美味しいホッキ貝を食べました!

 お昼を食べてから、松川浦にある相馬双葉漁業協同組合の支所を訪れました。そこで震災の漁業への影響についての説明を受けました。魚の中には放射性物質の基準値を下回る販売可能の魚種があります。しかし残念ながら、安全性を証明するデータを集めるのが大変です。それはなぜかというと、魚は季節ごとに獲るが、十分なデータを集める前に季節が終わってしまい、安全を証明できない魚種があります。現在はデータ集めや販売先などの課題があり、漁師の皆さんは震災前と同じように広い市場で魚が売れる日が来るのを待っています。

 その後は和田いちご園に行き、そこでの復興について学んでからいちご狩りをしました。津波で大きな被害を受けたいちご園はボランティアのおかげで、震災前に比べて生産の7割の復興を果たしています。いちご園のスタッフはボランティアへの感謝の気持ちでいっぱいで、状況の改善がうかがえます。ハウスの中で水耕栽培を使っているため、外の環境の影響はないです。美味しいいちごを思い存分食べ、私達の他にもいちご狩りを楽しんでいた客もいました。

 いちご狩りの後は相馬中村神社でお参りをしました。そこで侍の服を着る機会があり、皆で写真をたくさん撮りました。相馬は夏にある相馬野馬追という祭りで有名で、神社で馬たちに人参をあげました。とても大きく、立派な馬たちでした。他にも相馬市に避難している方のための公営住宅を見物しました。中には2階建ての住宅もあり、それはなぜかというと、高齢者が1階建てのビルに一人で住まなくてもいいように造られているからです。

 次の日は南相馬の海岸を視察し、一面の不毛な土地に整理された瓦礫がたくさんありました。ひっくり返された車も一台見かけました。震災前は松林でいっぱいだった海岸に近い土地は津波に襲われ、松は1,2本ぐらいしか残っていませんでした。周りの住宅もすごい被害を受けて、修理はまだ続いておらず、ほとんど手付かず状態でした。3年前に瓦礫を片付ける前の状況を考えると想像を絶します。津波の被害を実際に目で見て、少しでも震災の大変さを実感できたと思います。 

 私にとって、ツアーで一番印象に残ったのは、大悲惨の石仏、そしてその近くにあった特別な木です。震災後、この場所は入れなかったのですが、避難指示解除準備区域になってからまた入れるようになりました。石仏は1,000年前に作られたが、石仏よりも巨大な樹木は人生で初めて見かけて、思わず圧倒されました。近くにある石仏が入っている建物のために枝は切ってあったが、それでもとても立派な木でした。私の出身地にもこういう木があってほしいです。

 ツアーの最後に南相馬アグリパークを訪れました。未来への決意や希望として、太陽光発電などの再生可能エネルギーを実証している施設です。近くにある住宅を含め、一般住宅の170軒ほどの電力を提供しています。ドームハウスの中で地元の農家が野菜を作るために使える設備もあります。しかしアグリパークの主な目的は子供達の教育です。子供達に太陽光発電などについて学んでもらって、将来的には相馬のエネルギー需要を再生可能エネルギーで賄うという目的に向かって頑張っている南相馬アグリパークは地元の方々の復興への希望を代表する施設です。

 福島の現状について学びたければ、スタディーツアーに参加するに越したことはないと思います。地元の方々による家族やコミュニティーのためによりよく未来を作る努力について学び、スタディーツアーに参加する機会をもらって、とても嬉しく思います。

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